感想というよりは叫びに近いかもしれない。
どうしても気持ちを文章にしたかっただけの、人に読ませるにはいささか主観が強すぎることを、注意書きとして置いておきます。
ストーリーとしての大まかなネタバレはしません。
タイトル通り、ギルベルトとヴァイオレットについて語りたいので綴ります。
劇場版観た人向けのネタバレ感想ですね!

割と真剣にギルヴァイに対してしか叫んでません(尊い……)
『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を観て
まじで良過ぎてその日のうちに2回観た。
何なら今すぐ3回目を見に行きたいです。
いやもうほんと、何回でも観るし泣く。
相変わらず映像は美しいし、世界観に引き摺り込まれるのがこの作品の特徴ですね。
映画自体の感想としては「良かった」に尽きます。
死ぬほど泣いたし、ちょっと過呼吸寸前だった……
手紙としてのエピソードに加えて、ヴァイオレットとギルベルト少佐に焦点を当てた今作では、ヴァイオレットという人間に向き合う映画だったんじゃないかなぁと思います。
本当は内容について色々と語りたいのですが、正直観た人には分かりきっているだろうし、観てない人には「今すぐ観ろ」と言いたいくらいなので端折りますね。
ちょっと、ごめんなさい。今回はギルヴァイについて語らせて。
ギルヴァイ語るためだけに書いてるから!!!!!!
ギルベルトとヴァイオレット
尊すぎて爆発した。
全俺が木っ端微塵になった。
ギルヴァイ推してる人達はみんな塵になったと思う。なったよね??(断定)
片腕と片眼を失って、さすらうように生きてきたギルベルト。
片や、ギルベルトの生存を信じて、最後にもらった言葉の意味を追い求めるために自動手記人形として生きてきたヴァイオレット。
ギルベルトはヴァイオレットの生存を知っていたのに会いに行かなかった。
彼女を『道具』としてしか扱えず、与えてやりたかったものを何一つ与えてやれなかったと思い込んでいるギルベルトは、自分の存在がヴァイオレットを傷つけると思っていたから。
でもそれは自分を理性化した建前で、本当は自分が傷つきたくなかっただけなんですよね。
自分のせいで人間らしい生き方ができなかったヴァイオレット。
自分のせいで、人間が持つべき感情を最後まで得ることができなかったヴァイオレット。
自分のせいで、あの柔らかな手を、両腕を失くしてしまったヴァイオレット。
『道具』としての生き方しかできず、心ではなく身体が傷ついていく彼女を見るたびに、ギルベルト自身が傷ついていた。
全部自分のせいだから。
そして自分のせいであることに、ギルベルトはどうしようもなく傷ついていて、後悔していて、懺悔したくて、ヴァイオレットに会うことができなかった。
会わないのはヴァイオレットのためだと言うけれど、本当は全部自分のため。
自分がこれ以上、彼女のことで傷つきたくなかっただけ。
人間ですよ。
私はギルベルトを何て人間らしい人間なんだと思いました。
彼が紛う事なき〝人間〟だったから、ホッジンズも最初引き返したんですよね。
彼にはギルベルトの苦悩が恐らく分かったんです。
理解できちゃった。でも理解はしても、納得はできない。
何故ならそれは自分勝手だから。
彼はヴァイオレットのためだと言うけれど、ヴァイオレットのために微塵もなっていないから。
ホッジンズの「あいつは君に会わなくちゃいけない」という呟きが全てを表していたように思います。
劇場版の中で最高に良かったと思う名シーン。
それはホッジンズの、雨の中で叫んだ「大馬鹿野郎ーーー!!!!」ですよね。
もうその通りだよ!!!!!!(号泣)
みんな思ってた!
思ってたことをその時その瞬間に代弁してくれる映画ってある???
色んな意味で感動しちゃったよ。ホッジンズ最高にいい男じゃん。
ホッジンズってギルベルトの親友なんですよね。
もう全部分かってるんですよ。ギルベルトの気持ちとか辛さとか。
それでも「馬鹿野郎」って親友に叫んだ彼の心理。
あのシーンだけ1000000000000000000000回は見たい。見れる。
ギルベルトにホッジンズの叫びは、聞こえてたし何なら鈍器で頭を殴られたような感覚だっただろうけど、それでも動けなかったんですよね。すぐにヴァイオレットを追い掛けて抱き締めるなんて芸当は到底できなかった。
ギルベルトは心底ヴァイオレットが大事で、求めていて、欲しているはずなのに、「自分のせいで」という呪縛から逃れられない。
あ~~~~自分で自分を呪って傷つき続けるギルベルト~~
ギルベルトは過去のヴァイオレットしか知らない。
最後に見たのは両腕が千切れたヴァイオレット。
それを見て、死にたくなるほど傷ついていたのはギルベルト自身で、彼女のためにも自分のためにも、もうヴァイオレットには会えなくてってぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ………………
ぐるぐるしていた中に、会いに来てくれたディートフリート大佐ね。
そしてヴァイオレットからの手紙。
大佐も、ヴァイオレットも、ギルベルトのやってきたことを何一つ責めなかった。
唯一責めた部分と言えば、ホッジンズと同様『ヴァイオレットに会おうとしない』ことだけ。
めっちゃ丸くなったやん大佐…………………いや映画通してずっと思ってたけど。
ヴァイオレットは最初から最後まで感謝の言葉しか綴りませんでしたね。
もうこれ、ギルヴァイの真髄なのでは???????
ヴァイオレットにとってギルベルトが与えてくれたものは全て宝物。
ギルベルトの存在自体が、ヴァイオレットの全て。
あの手紙の中に全てが詰まっていたような気がします。
もうさ、ギルベルトがごちゃごちゃ考えていたことなんて、ヴァイオレットにはどうでもよくて……どうでもよくてっていうか、そんなこと恐らく思いもしていなくて。
だってヴァイオレットには、少佐と過ごした全ての時間が宝物じゃないですか。
幸せじゃない時間なんてなかったって断言できそうなくらい、少佐の傍にいることが最高の幸せだったじゃないですか。
その中で、人から見たら辛いことは確かに詰まっているのかもしれない。
ギルベルトから見たヴァイオレットだって、辛い、しんどいことだらけ。
でもヴァイオレットには違うんです。ヴァイオレット自身は、違う。
それはきっと良いことじゃありません。
人が言う『欠陥』なのかもしれない。
でもヴァイオレットはそういう人間で、そういう人間だけれど、抱く気持ちや願いはホンモノで……
ヴァイオレットは自動手記人形として色んなことを学び、感じ、成長してきました。
『道具』から『ヒト』へ。『ヒト』から『女性』へ。
それでも残っている、少佐への想い。
それを、ホッジンズや大佐は知っている。
一番知っていて欲しいのは、ギルベルト少佐。
流れる『みちしるべ』に吐きそうなほど泣いた。
ギルベルト少佐ぁぁぁぁぁぁ!!!
駆けだした少佐に叫びそうになったの私だけ!!!?!?
もうさ、挿入歌ずるくない!!!?!?!!??!!?
見届ける兄としての大佐。
転びながら全速力で駆けるギルベルト。
ヴァイオレットの乗った船は出航していて、それでも足を止めない彼の――
「ヴァイオレットッ!」
絞り出した声が、
「ヴァイオレットォッ!!!」
力の限りの叫びになって……………
いやもう、多分このとき映像見えてなかった。
嗚咽堪えるのに必死。思い出して書いている今もちょっと画面見れない。
ずるい……ずるい少佐………………
そりゃホッジンズも、思わず呟いちゃうよね。
駆け出して、船から海へ飛び込むヴァイオレットちゃんを止められないよ。
ようやく再会して、念願で、でも勢いのまま抱き締められないギルベルト少佐や、飛び付いたりできないヴァイオレットの気持ちや関係に胸が苦しかった。
そうだよね。そこでそれができるのなら、こんなにも遠回りしてこなかったよね。
少佐は、成長して大人になりつつあるヴァイオレットを見てどう思ったんだろう。
ヴァイオレットは、片腕片眼を失って、それでも立っている少佐を見てどう思ったんだろう。
そもそも思うことはあったのかな?
ただ出会えたことに、再会できたことに、もう一度――彼や彼女の姿をその瞳に映すことができたことに、
できたことが、少なくとも自分の気持ちを自覚させたんだと思う。
傍に居て欲しい。
お互いが、そう思ったと思う。
少佐はヴァイオレットを両腕で抱き締めたかったと思う。
ヴァイオレットは、少佐にしがみつきたかったと思う。
できない二人に過去を感じたし、未来を願った。ほんと。
少佐とヴァイオレットは、これから新たな関係を築くんだよね。
今までとは全く違う関係を。
それは絶対簡単なことじゃなくて、これから一杯すれ違って、歩み寄って、ちょっと離れて、でも引き寄せて――みたいなことが沢山ある。
でも絶対、傍にいる。
傍にいることを、約束する。
ラストのカットは、そんな全ての表れだったように思います
※ギルヴァイ愛を拗らせた結果、自ら書きました作品がこちらです。
劇場版の『その後』の話
アニメと原作では少しだけ話の作りや設定が違います。
ギルベルト少佐の設定自体も少し違ってはくるのですが、ギルベルトとヴァイオレットが想いを交わし合った後の話が読みたい人は、是非原作を読んでみてください!
ギルベルトとヴァイオレットのその後は「ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝」と「ヴァイオレット・エヴァーガーデン エバーアフター」で見ることができます!